私は虚空蔵菩薩。この世の総ての事象を記録する者です。
 …なに、冥界で昔、何が起こったのかを聞きたい?
 良いでしょう、私が知っていることでよければお話ししますよ。

 むかしむかし、この世に昼と夜が出来て間もない頃のお話です。
 人が死んだら、その魂はひとりの王様が治める死者の国へと向かいました。楽園と呼ぶに相応しい、平穏な世界でした。
 そこへ辿り着いた魂は、王様の裁量によって、その行き先を決められました。
 神々の仲間となるべきか、再び人の世で生きるべきかか…それらを見極め、その魂に相応しい行き先を定めることが、王様の役目でありました。
 それは、王様が神々の仲間入りを果たしたときに、いついかなる時もこの役目を果たすことを誓ったことでもありました。
 ところがある日、王様はその誓いを破ります。
 神々の仲間となるはずの魂を、自らの手で、王様の治める国へと連れ戻してしまったのです。
 その魂は、彼が人間だった頃に…否、彼がこれまでにもっとも深く愛した者の魂でした。
 それは、王様が寂しさ故に、そしてその者を愛するが故に引き起こしたことではありましたが、けっして許されることではありませんでした。
 役目を放棄した罰…つまり誓いを破った罰として、王様は王の座を追放されました。彼はそれに逆らいませんでした。
 神々の仲間とはいえ、もともとはひとりの人間に過ぎなかった彼は、ほかの神々からは少し低く見られていたのです。誰も王様を助けてはくれませんでした。 
 失意のなか、彼はやがていずこともなく姿を消してしまいました。
 こうして、死者の国を治める者はいなくなりました。

 これが「罪を犯した王」の話です。

 …ええ、勿論このお話しには続きがあります。王様が居なくなった楽園がどうなったのか、気になります?
 それでは、お話しましょう。

 さて、王様のいなくなった死者の国は荒れに荒れ、かつての楽園の面影は無くなってしまいました。
 どこからともなく現れた魔物がはびこり、争いの絶えない世界となりました。
 また、誰も魂の行く先を示してはくれないので、死者の国を訪れる魂は彼等の恐怖に怯え続けなくてはなりませんでした。
 そうこうしているうちに死者の国は魔物や魂で一杯になってしまい、新しい魂が訪れる余地がなくなってしまいました。
 やがて、生者の国までも、行き場のない魂がうろつくようになってしまいました。
 このままではまずいと思った神々は、神々の中から新しく死者の国の王様を決めることにしました。
 そこで、多くの腕自慢の神が名乗りを上げました。先ずは死者の国にははびこる魔物達を一掃しなくては、と思っていた神々の王様は、彼等を死者の国へと遣わしました。魔物たちはとても強く、多くの腕自慢の神々を以てしても戦況は芳しくはありませんでした。
 しかし、この戦いは最終的には神々が勝利を治めました。神々が勝利を収めたきっかけとなったのは、突如として現れた、ひとりの若者でした。
 どこからともなく現れたその若者は、自らの影から様々な怪物を造り出すと、その圧倒的な数と力で、魔物達を押さえつけました。
 神々はこの青年の功績を称え、彼に新たなる死者の国の王の座を与えました。

 これが「新たなる王」のお話です。

 …ええ、お察しの通り、ここでめでたしめでたし、という訳にはいきません。ひとつの問題が収まれば、また新たなる問題が出てくる。世の定めとは、そういうものです。
 それでは、この続きをお話しましょう。
 
 さて、新たなる王によって、死者の国はいったんは静かになりました。
 しかし、力を以て魔物達を制した彼は、力を以て魔物達を支配しました。
 そして、魔物達が不満を抱いたときは、魔物達に非力な者…つまり、死者の国を訪れる死者たちを痛めつけさせることで、その不満を押しとどめさせました。
 「訪れる死者達の多くは罪深い者だから、それに相応しい罰を与えるべき。だからお前達の仕事はとても尊いことだ」と、魔物達には言い聞かせました。
 このことは、神々の耳にも入りました。しかしこの新しい王は、魔物を押さえつけてくれるという事もあり、強く出られずにいました。
 それに、神々の世界も変革がおこりつつある時期だったので、死者の国に構う余裕は無かったのです。
 
 神々の世界では、新たなる神々との邂逅がありました。
 その新たなる神々…仏達とは、最終的には協力しあって、この世をおさめる事になりました。
 …勿論、総てが順調だったわけではありませんよ。えぇ、色々ありましたとも。
 でも、そこをすべて話すと長くなってしまいますので、それは別のお話という事で…。

 さて、そこでひとつ問題がありました。死者の国のことです。
 大勢の神々は「仏たちと協力し、魔物達もろともあの王を懲らしめるべきだ」と思い、仏達にこのことを話しました。
 この話をきいたひとりの仏は「それよりも、彼等に虐げられる魂に手をさしのべるべきだ」と言いました。
 そんな悠長な、と多くの神々は異を唱えましたが、彼は根気よく神々を説得しました。
 「力で彼等を懲らしめても解決にはならない。また同じように暴君が現れるかも知れない」と、その仏は言いました。まだ若い、見習いの仏でした。
 神々の王は、青二才め、好きにしろと言って、この若き仏に、死者の国のことを任せました。

 さて、若き仏−地蔵菩薩は、死者の国を正すために、多くの神や仏に協力を願い出ました。
 そして最終的には、7人の仏と、2人の神が彼に協力することになりました。
 こうして、死者の国の纏め役となった地蔵菩薩は「閻魔大王」、そして彼を含めた10名の協力者は「十王」と呼ばれるようになります。

 これが「閻魔大王と、十王の誕生」のお話です。

 ええ、もちろん、お話はこれで終わりませんよ。
 この後も、死者の国…今は「冥界」と呼ばれているようですね…は、様々な出来事が起こりますし、冥界に関わる神々も、どんどん多くなります。
 ただ、そこまで話すと長くなってしまいますので、このお話は一旦、ここでお終いとさせて頂きます。
 なにより、このお話だって、ごく一面から見た出来事に過ぎないのですからね。


 
 そうそう、最後に付け加えておきましょう。
 最初の死者の国の王様は、今でも冥界にいますよ。その頃とは異なる名を与えられているようですが。
 閻魔大王様のもと、彼がもっとも愛した者と共に平穏に暮らしています。