水無月某日 耶摩の日記より

 その日、妹は非番なので庵にいるはずだったが、俺が帰ったとき、いつもなら返ってくるはずの「おかえり」が無かった。
 俺は「土間に履き物があるから昼寝でもしているのだろう」と思い、奥座敷へと向かった。ほんの悪戯心で寝顔を覗いてやろうと思ったのだ。
 しかし俺の目論見は外れた。彼女は起きていた。



 真っ新の敷布を頭から被り、うっとりと惚けた様子で鏡台を覗き込んでいた。俺がどう声を掛けるべきか悩んでいたら、彼女はおもむろに立ち上がっると、敷布を被ったままくるりとつま先で回り、半分ほどの所で俺と目があった。
 妹はほんの一瞬、悪戯が見つかったような稚児のような顔をした後、何食わぬ風で「おかえり」と答えた。俺は何食わぬ顔で「ただいま」と答えた。あきらかに頬が紅潮していたがそこは黙っておいた。
 そのまま素知らぬふりで夕餉の準備をする彼女を眺めつつ、俺は「暫くからかいの種には困らなさそうだ」と思った。それと、この事は誰にも秘密にしておこうとも。
 独り占めしたって罰は当たらないだろう。

 その後妹に何がしたかったのか聞いてみたらこれまた真っ赤になりつつ「花嫁さんごっこ」と答えた。なんでも、西洋の結婚式ではあのような白い布を被る召し物を着るらしい。
 「俺はそんなのより白無垢かサリーを着て欲しい」と言ったら、お兄様は何も解ってない、と膨れていた。